再考!!シンポジウム            〈 芸術家の暮らす郊外都市で「半農半芸」は可能か〉                 第三回 パネルディスカッション②

いよいよこのシンポジウムの再考も最終回です。今回は前回述べた3つの柱のうち、「③半農半芸の実現のために — 付加価値/デザインの可能性」に迫ります。
 塩見さんや岡田さんに触れていただいた農業の大変さに触れながら、はたして半農半芸は可能なのか考えてみたいと思います。

 取手市役所の職員でありながら現役で農業をされている岡田さんは次のように言います。
「朝市のように、地場産の農作物を新鮮なうちに地元の人たちに消費していただくといった農“業”=生業も含めた農業であれば活路を見出せるかもしれないが、土に触れたいといった家庭菜園的な農だけで続けるのは難しいのではないか。」

 また、農家にとって「草むしり」が一番過酷な労働であることにも触れ、生業としての農業も考えていかなければ続けられないのではないか、実際に農業をやるとなると大変であることをご指摘いただきました。

 そうした話をふまえて、佐藤時啓先生は、
「農というのは食とつながる部分で、実はものすごくリアリティがあるのではないか。」
と提言をいただき、さらに、
「おいしいものがとれるところはたくさんあるが、それをいかに“クリエイティブ”に料理として提供するかとなると、なかなか限られてきている。食と農と文化というのは不可分な関係にあるから、何か料理をすることも含めて“クリエイティブ”に農家と関わることでアーティストたちに参加できることがあるのではないか。」
と、提案されます。
このことに関しては椿さんも、
「ただ作物を作って出荷するのではなくて、そこにアイデアや工夫をいれていけば単価が高く出せる。そうした工夫をやっていくこともアート的である。」
とおっしゃっています。

半農半芸というのは、農業という「労働」からいかに自由になるか、その自由をどう確保するのかというところにジレンマがあります。半農半Xに立ち返ると農とX(天職)のバランスというのは非常に難しい部分があり、そのことについて塩見さんは、
 「農とXの部分の折り合いは、自分で自分の仕事を選ぶこと、自分がやらなくてもいいことはまわすといった、企業で言う選択と集中を暮らしの中でやっていかざるを得ないと思います。」
とおっしゃって、加えて、
「『農業を配慮できる人口』をこの国に増やすこと重要である。『農業って大変だな。』と、少しでも分かってもらえる人口を増やす必要がある。そのためにまずは半農=小さな農からスタートしても良いのではないか。」
と言います。

 このことは、前回若林先生が触れた「大量生産品としての農作物ではなく作品としての農作物を我々が受けとるという構造」の大きなヒントになり得るのではないでしょうか。

 もうすでに触れてきていますが、農に対してアートが立ち入る隙のひとつに「デザイン」があげられます。それは付加価値をつけることを意味し、どこにその付加価値を見いだすかに関して、若い世代が予感的に新しい時代の価値観をつかんでいっていると、椿さんは言います。

 また、佐野さんは、
「アーティストがそうしたデザインを担っていくことで、自分の持っている価値、アーティストの価値のような、経済的にどういうふうに評価されるのかということにトライしてみるべきではないか」
とも言います。
 それは、アーティストが社会に巻き込まれて仕方なく生き様を考えるのではなく、自ら自分の持っている価値を追求していくことであり、そうしたことが半農半芸の中で試みられても良いのではないか、という提案でした。

 農と芸のかけあわせは、アーティストと農家の関わりが非常に重要であることは存分にある中で、岡田さんは、
「耕作放棄地の活用というのも取手はすごく重要なのではないかなと思います。均等割の制限の中で35%は休耕しなければならないのですが、減反の補助は降りないことがわかっている上で、35%の休耕といった制限に協力せず自分たちで作りたいという農家も増えてきている。そうした人たちの中には、アーティストが作らせてほしい、ちょっと貸してくださいよと言えば、ある程度協力的な農家もいると思います。」
とおっしゃっていただき、半農半芸の実現可能性を少し述べていただきました。そこで岡田さんが期待されたのはやはり、付加価値の高いもの(リーキネギやハーブなど)を育て、アーティストの協力によってブランド化を図ることでした。

 以上、全三回にわたって簡単に振り返ってみましたが、森さんがおっしゃるように、半農半芸はアーティストたちの新たなライフスタイルの提案であるだけでなく、今の社会に生きている人間がその地域とどう関わっていくか、関わり方をどうデザインするか、自分たちの地域をどういうふうに関係のある場所として関わっていくのかを追求するプロジェクトであることが言えると思います。しかし、いきなり農家にはなれない。すると、半農半芸のコンセプトというのはその関わりの実践の入り口として、片手間ふうに聞こえるかもしれないけれど、どこからでもいいから始めましょうということではないでしょうか。

 20世紀が終り、21世紀の新しい社会デザインをアートを通じて考えていくという試みをNPOという場がしていくこと、取手のまちを豊かに楽しくしていくために実践するチャンスを、また、それをかたちにしていくアーティストに活動の場を与えていくことで、皆さんと共生できるようなかたちの新しいアートプロジェクトというものを10年ぐらいかけて取手から全国に発信できれば、と思います。

 今後の半農半芸プロジェクトにご期待・ご協力・ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

[投稿者:風間勇助]

再考!!シンポジウム            〈芸術家の暮らす郊外都市で「半農半芸」は可能か〉                 第二回 パネルディスカッション①

前回に続いて、第二回としましていよいよパネルディスカッション〈芸術家の暮らす郊外都市で「半農半芸」は可能か〉の再考をしていきます。話の流れを時系列的に追わず、ごく簡単に全体を俯瞰して振り返ってみたいと思います。

 まず、このパネルディスカッションで話された主な柱として次があげられると思います。
① 今私たちが持っているコモンセンス—ある思い込みやある愚かさ=20世紀型のモデルと闘う時代がきている。
② 大型のフェスティバル型でない新たなアートプロジェクトの在り方がないか。
③ 半農半芸の実現のために — 付加価値/デザインの可能性

 今回は主に①②の部分に迫ってみたいと思います。
1,はじめに
郊外とは何か
 まず、これから舞台としていく取手が郊外都市であるということから、若林幹夫先生の「郊外とは何か」について簡単に触れてみます。
 郊外とは、都市との関係性によって成り立つものであること、また、近代の交通テクノロジーの発達や都市に機能が集積したことなどの歴史的プロセスを踏まえて「近郊」と「郊外」の概念を区別して捉えることの重要性を指摘されました。
 ここで特筆すべきは、前回の塩見さんの講演の中では「根(場所)を持つこと」の重要性を述べましたが、郊外に住む新住民にとっては「一度根を切るところから成立している」ということです。しかし、最初は浅くても長く住み続けることでどこかで根が出てくることはあると、若林先生はおっしゃいました。

 この後にも触れていきますが、アーティストがどういうふうに根付いていくのか=どのように関わりを持っていくのかが重要となってきます。

アーティストにとっての半農半芸(大学について/取手の環境)
 次に、芸術家たちについての話に触れたいと思います。
京都造形芸術大学の教授でもいらっしゃる椿昇さんは大学での教育について、
 「社会全体が『新卒採用』という美名のもとでグルになって大学生のうちに就活という選択を迫るため、実質2年間しか専門の勉強ができない。」と言います。
 また、そうした学生たちがさらに飲食店やレンタルビデオ屋などのバイトをし始めると絵が如実に荒れてくるともおっしゃっていて、農業のように「育てること」をしながら「絵を描くこと(丁寧に絵の具を重ねて作品を育んでいくこと)」をしてほしいと言います。

 そして、東京芸大の教授でいらっしゃる熊倉純子先生は、アーティストにとっての取手の環境に関して、
 「他のまちでは『アーティストです。』なんて名乗ったりすれば、不動産屋さんが座らせてもくれない。大家さんから借りた家が現状復帰できないほど作品化してしまっても平気。ここ取手はアーティストに対して非常に『優しいまち』となっている。」
とおっしゃる中でまた、
 「アーティストだって一人では生きられない。しかし多くのアーティストたちは、コミュニケーションが苦手である。仲良く畑をやったらコミュニケーションの苦手なアーティストたちの良いコミュニティのベースになるのではないか。」
 と言います。

 以上のことは、郊外という特殊な環境に芸術家が暮らし、その地域社会とどう関わっていくか、せっかく関わるのなら自分の作品づくりに良い価値観が得られるような関わり方はないか。そんな問いかけのようにも思えます。半農半芸の舞台としてここ取手という地は実にふさわしい環境にあるのかもしれません。

2,パラダイムシフトの時代
ある思い込みとの別れ
 椿昇さんは「半農なんてユートピアだ。」「アートというのはこういうものだ。」という我々が持つ様々なコモンセンス(ある思い込み)とお別れする時が来ていると言います。ベーシックインカムのような「そんなバカな!」と思えるものが実は未来なのかもしれない、と。
 だからこそ自分の考え方に固執せずに「半農半芸ってありかもな。」という意見を聞いたり受容したりすることが、これからのアートの新しいエンジンになるのではないか、と。

産業でない農の捉え方について
 若林先生は「国土を維持する機能を農業が果たしている。」と触れながら、そうした農業のあり方は産業でなくてもいいのではないかと提言されました。そして、農業も芸術も「ものをつくることである」という共通点に着目し、“大量生産品”のような農作物ではなく、それぞれのお百姓がそれぞれの土地で作った“作品”としての農産物を我々が受けとめるような構造が必要であると言います。つまり、“産業”ではなく“芸(文化)”としての農のあり方を指摘しています。
 加えて、都市のまわりに郊外や田園があるのではなく、田園の中に都市があるというかたち転換していくことの必要性も主張されました。

 こうしたお二方の話を通して、まさしく「①今私たちが持っているコモンセンス—ある思い込みやある愚かさ=20世紀型のモデルと闘う時代がきている」と言えるのではないでしょうか。

3,新たなアートプロジェクトのあり方
フェスティバル型を超えて
 安井建築設計事務所の佐野さんは郊外の安定的でない環境の中で、
「安定しない状況の中だからこそいろいろ問題を発見して、それを問題解決していくよりは、そこで得た問題意識をさらにこのまちで、あるいは他のまちで生かしていく。」
という“フェスティバル型”でない“プロジェクト”としてのアートプロジェクトで様々に試みてほしい、と言います。そのことは、TAPがその地域にとってどうであるか、どう向き合うか、あるいはアーティストの今後にとってどうあるべきかを常に問い続ける組織となることの重要性を意味します。

 また熊倉先生も、瀬戸内国際芸術祭や越後妻有といった予算的にも集客数的にも大規模なフェスティバル型の次の時代のプロジェクト型というものを、NPO化したTAPが考えていかなければならないと指摘し、さらに、
 「アートプロジェクトは一度立ち止まってしまうと、そこに集まってきた人たちがすぐにいなくなってしまうという特性がある。しかし、取手アートプロジェクトは十何年もずっと回り続けていて、アートプロジェクト自体がひとつのある“人が集まってくる活動体”になっていることはとても貴重な取手にとっての資本である。」
と述べ、閉じてしまう“自己完結型の社会関係資本”ではなく、アートを介して様々に人を巻き込んでいく“橋渡しの社会関係資本”となることの重要性に触れました。
 
 以上のことから、「②大型フェスティバル型でない新たなアートプロジェクトの在り方」として、半農半芸というプロジェクトは日々ある生活の中への活動を目指すことが言えると思います。

 そうは言っても、農業は厳しいものであること、また、アーティストが農に対してできることと言ったら具体的に何か、そうしたことについて次回は触れてみたいと思います。

[投稿者:風間勇助]

再考!!シンポジウム            〈芸術家の暮らす郊外都市で「半農半芸」は可能か 〉                第一回 講演 塩見直紀さん

1月22日に行われたTAPのNPO設立記念シンポジウムを全三回にわたって再考してみたいと思います。その第一回として、半農半芸の着想を得た「半農半Xという生き方」の著者である塩見直紀さんの講演を振り返ります。
 
 塩見さんには主に、「半農半X」とは何か、その考えが生まれた経緯などをお話しいただきました。
 半農半Xというのは「農ある小さな暮らしの中で自分の得意とするものや天職を世に活かす生き方」です。
そのことに関して塩見さんは

 農がゼロの暮らしはどうなのか。農が100の暮らしはどうなのか。ゼロか100だけなのか。「農」と、それから自分の持っている「天職=X」その二つがあるからこそ見えてくる地平があるのではないか。「古くて新しい」そんなコンセプトのように思います。
 
と、おっしゃっています。取手で掲げるXが芸=アートであったため、塩見さんが実際に半農半Xの実践を進めている京都府の綾部に移住してきたアーティストを例に、自然との折り合いをつけながら、またその中での自己探求する生き方がアーティストの作品や作風に大きく影響を与えることをご紹介いただきました。
 また、農を意識されるようになった塩見さん自身の経緯として、

 「我々は何をこの世に遺して逝こうか。金か、事業か、思想か。」(内村鑑三『後世への最大遺物』)に大きな影響を受けました。この世に(自分の)何を活かし得るのかということを考えるようになりました。
 全て戦争の原因というのは「資源問題」と「食糧問題」であるというような本を読んだりすると、それらに左右されない生き方をしたいと思うようになりました。

 と、おっしゃっています。農というのは環境、そして食と密接な関わりにあります。国が悪いと議論する前に、自ら汗をかき種を蒔いて耕そうと、12、3年ほど前から今現在も塩見さんは自給をされているそうです。
 2003年に「半農半Xという生き方」を若い世代に向けての出版を意識したところ、その波及は日本はもちろんのこと、2006年には台湾にまで広まり、成都という中国の都市にまで広まっているそうです。

 台湾の特集では「従順自然、実践天賦」とあり、「自然に従順で、それから与えられた天賦の才を実践する」という、これだけシャープに半農半Xをまとめたものは珍しいと思いました。
 私たちは今まで、自然をコントロールしてきた。自然に不従順であった。それから、いまいち自分の才能や得意とするものを活かして来れなかったのではないだろうか。
 私は(アジア圏への広まりからも)これが東洋的な生き方であると思いました。

とも、おっしゃっていて漢字圏への広まりから、さらに英語圏への広まりも期待されています。

 半農半Xという生き方で「子供心の感性・感受性を持つこと」を重要にしたいとおっしゃっていました。ここ取手には芸大があり、それを感受性のメッカにしてほしいと。
 そうすると、

 今まで何も無いように見えた村が宝物だらけであると感じるようになりました。

と、塩見さんの綾部での事例をもとに語ってくださいました。

さらに、もう一つ重要なのは「根っこがあること」。半農半Xという生き方は3つのキーワードのかけ算として自分独自の型を持つことができ—−−例えば、写真×食×教育など—−−、その3つの新しい組み合わせによって新しい価値を創出できたら良いとおっしゃる中で、根っこ=場所を大事にするよう強調されました。
 
 大和言葉で種はこんなふうに言うそうです。“ね”は“根っこ”なんですが、“た”は何かというと、“高く・たくさん”ということだそうです。種を蒔けば、根をはって大地にしっかり立ち、空に向かって芽を出すということで、大地に根をはる/空に向かって芽を出す、その二方向が大事なのではないか。

 そして、最後に

 半農半Xは他者を出し抜くものではなく、また強制するものでもない。気づいた人から始めるしかない。それでは手遅れかもしれませんが、今は「悠々と急ぐ」そんな生き方しかないのかなと思っています。

 この話を受けながら、次回からパネルディスカッションの内容を通して、取手という郊外都市で、芸術家が暮らすまちで、半農半芸という試みは何につながるのかについて再考したいと思います。
 
[ 投稿者:風間勇助 ]