再考!!シンポジウム            〈芸術家の暮らす郊外都市で「半農半芸」は可能か 〉                第一回 講演 塩見直紀さん

1月22日に行われたTAPのNPO設立記念シンポジウムを全三回にわたって再考してみたいと思います。その第一回として、半農半芸の着想を得た「半農半Xという生き方」の著者である塩見直紀さんの講演を振り返ります。
 
 塩見さんには主に、「半農半X」とは何か、その考えが生まれた経緯などをお話しいただきました。
 半農半Xというのは「農ある小さな暮らしの中で自分の得意とするものや天職を世に活かす生き方」です。
そのことに関して塩見さんは

 農がゼロの暮らしはどうなのか。農が100の暮らしはどうなのか。ゼロか100だけなのか。「農」と、それから自分の持っている「天職=X」その二つがあるからこそ見えてくる地平があるのではないか。「古くて新しい」そんなコンセプトのように思います。
 
と、おっしゃっています。取手で掲げるXが芸=アートであったため、塩見さんが実際に半農半Xの実践を進めている京都府の綾部に移住してきたアーティストを例に、自然との折り合いをつけながら、またその中での自己探求する生き方がアーティストの作品や作風に大きく影響を与えることをご紹介いただきました。
 また、農を意識されるようになった塩見さん自身の経緯として、

 「我々は何をこの世に遺して逝こうか。金か、事業か、思想か。」(内村鑑三『後世への最大遺物』)に大きな影響を受けました。この世に(自分の)何を活かし得るのかということを考えるようになりました。
 全て戦争の原因というのは「資源問題」と「食糧問題」であるというような本を読んだりすると、それらに左右されない生き方をしたいと思うようになりました。

 と、おっしゃっています。農というのは環境、そして食と密接な関わりにあります。国が悪いと議論する前に、自ら汗をかき種を蒔いて耕そうと、12、3年ほど前から今現在も塩見さんは自給をされているそうです。
 2003年に「半農半Xという生き方」を若い世代に向けての出版を意識したところ、その波及は日本はもちろんのこと、2006年には台湾にまで広まり、成都という中国の都市にまで広まっているそうです。

 台湾の特集では「従順自然、実践天賦」とあり、「自然に従順で、それから与えられた天賦の才を実践する」という、これだけシャープに半農半Xをまとめたものは珍しいと思いました。
 私たちは今まで、自然をコントロールしてきた。自然に不従順であった。それから、いまいち自分の才能や得意とするものを活かして来れなかったのではないだろうか。
 私は(アジア圏への広まりからも)これが東洋的な生き方であると思いました。

とも、おっしゃっていて漢字圏への広まりから、さらに英語圏への広まりも期待されています。

 半農半Xという生き方で「子供心の感性・感受性を持つこと」を重要にしたいとおっしゃっていました。ここ取手には芸大があり、それを感受性のメッカにしてほしいと。
 そうすると、

 今まで何も無いように見えた村が宝物だらけであると感じるようになりました。

と、塩見さんの綾部での事例をもとに語ってくださいました。

さらに、もう一つ重要なのは「根っこがあること」。半農半Xという生き方は3つのキーワードのかけ算として自分独自の型を持つことができ—−−例えば、写真×食×教育など—−−、その3つの新しい組み合わせによって新しい価値を創出できたら良いとおっしゃる中で、根っこ=場所を大事にするよう強調されました。
 
 大和言葉で種はこんなふうに言うそうです。“ね”は“根っこ”なんですが、“た”は何かというと、“高く・たくさん”ということだそうです。種を蒔けば、根をはって大地にしっかり立ち、空に向かって芽を出すということで、大地に根をはる/空に向かって芽を出す、その二方向が大事なのではないか。

 そして、最後に

 半農半Xは他者を出し抜くものではなく、また強制するものでもない。気づいた人から始めるしかない。それでは手遅れかもしれませんが、今は「悠々と急ぐ」そんな生き方しかないのかなと思っています。

 この話を受けながら、次回からパネルディスカッションの内容を通して、取手という郊外都市で、芸術家が暮らすまちで、半農半芸という試みは何につながるのかについて再考したいと思います。
 
[ 投稿者:風間勇助 ]

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