再考!!シンポジウム            〈芸術家の暮らす郊外都市で「半農半芸」は可能か〉                 第二回 パネルディスカッション①

前回に続いて、第二回としましていよいよパネルディスカッション〈芸術家の暮らす郊外都市で「半農半芸」は可能か〉の再考をしていきます。話の流れを時系列的に追わず、ごく簡単に全体を俯瞰して振り返ってみたいと思います。

 まず、このパネルディスカッションで話された主な柱として次があげられると思います。
① 今私たちが持っているコモンセンス—ある思い込みやある愚かさ=20世紀型のモデルと闘う時代がきている。
② 大型のフェスティバル型でない新たなアートプロジェクトの在り方がないか。
③ 半農半芸の実現のために — 付加価値/デザインの可能性

 今回は主に①②の部分に迫ってみたいと思います。
1,はじめに
郊外とは何か
 まず、これから舞台としていく取手が郊外都市であるということから、若林幹夫先生の「郊外とは何か」について簡単に触れてみます。
 郊外とは、都市との関係性によって成り立つものであること、また、近代の交通テクノロジーの発達や都市に機能が集積したことなどの歴史的プロセスを踏まえて「近郊」と「郊外」の概念を区別して捉えることの重要性を指摘されました。
 ここで特筆すべきは、前回の塩見さんの講演の中では「根(場所)を持つこと」の重要性を述べましたが、郊外に住む新住民にとっては「一度根を切るところから成立している」ということです。しかし、最初は浅くても長く住み続けることでどこかで根が出てくることはあると、若林先生はおっしゃいました。

 この後にも触れていきますが、アーティストがどういうふうに根付いていくのか=どのように関わりを持っていくのかが重要となってきます。

アーティストにとっての半農半芸(大学について/取手の環境)
 次に、芸術家たちについての話に触れたいと思います。
京都造形芸術大学の教授でもいらっしゃる椿昇さんは大学での教育について、
 「社会全体が『新卒採用』という美名のもとでグルになって大学生のうちに就活という選択を迫るため、実質2年間しか専門の勉強ができない。」と言います。
 また、そうした学生たちがさらに飲食店やレンタルビデオ屋などのバイトをし始めると絵が如実に荒れてくるともおっしゃっていて、農業のように「育てること」をしながら「絵を描くこと(丁寧に絵の具を重ねて作品を育んでいくこと)」をしてほしいと言います。

 そして、東京芸大の教授でいらっしゃる熊倉純子先生は、アーティストにとっての取手の環境に関して、
 「他のまちでは『アーティストです。』なんて名乗ったりすれば、不動産屋さんが座らせてもくれない。大家さんから借りた家が現状復帰できないほど作品化してしまっても平気。ここ取手はアーティストに対して非常に『優しいまち』となっている。」
とおっしゃる中でまた、
 「アーティストだって一人では生きられない。しかし多くのアーティストたちは、コミュニケーションが苦手である。仲良く畑をやったらコミュニケーションの苦手なアーティストたちの良いコミュニティのベースになるのではないか。」
 と言います。

 以上のことは、郊外という特殊な環境に芸術家が暮らし、その地域社会とどう関わっていくか、せっかく関わるのなら自分の作品づくりに良い価値観が得られるような関わり方はないか。そんな問いかけのようにも思えます。半農半芸の舞台としてここ取手という地は実にふさわしい環境にあるのかもしれません。

2,パラダイムシフトの時代
ある思い込みとの別れ
 椿昇さんは「半農なんてユートピアだ。」「アートというのはこういうものだ。」という我々が持つ様々なコモンセンス(ある思い込み)とお別れする時が来ていると言います。ベーシックインカムのような「そんなバカな!」と思えるものが実は未来なのかもしれない、と。
 だからこそ自分の考え方に固執せずに「半農半芸ってありかもな。」という意見を聞いたり受容したりすることが、これからのアートの新しいエンジンになるのではないか、と。

産業でない農の捉え方について
 若林先生は「国土を維持する機能を農業が果たしている。」と触れながら、そうした農業のあり方は産業でなくてもいいのではないかと提言されました。そして、農業も芸術も「ものをつくることである」という共通点に着目し、“大量生産品”のような農作物ではなく、それぞれのお百姓がそれぞれの土地で作った“作品”としての農産物を我々が受けとめるような構造が必要であると言います。つまり、“産業”ではなく“芸(文化)”としての農のあり方を指摘しています。
 加えて、都市のまわりに郊外や田園があるのではなく、田園の中に都市があるというかたち転換していくことの必要性も主張されました。

 こうしたお二方の話を通して、まさしく「①今私たちが持っているコモンセンス—ある思い込みやある愚かさ=20世紀型のモデルと闘う時代がきている」と言えるのではないでしょうか。

3,新たなアートプロジェクトのあり方
フェスティバル型を超えて
 安井建築設計事務所の佐野さんは郊外の安定的でない環境の中で、
「安定しない状況の中だからこそいろいろ問題を発見して、それを問題解決していくよりは、そこで得た問題意識をさらにこのまちで、あるいは他のまちで生かしていく。」
という“フェスティバル型”でない“プロジェクト”としてのアートプロジェクトで様々に試みてほしい、と言います。そのことは、TAPがその地域にとってどうであるか、どう向き合うか、あるいはアーティストの今後にとってどうあるべきかを常に問い続ける組織となることの重要性を意味します。

 また熊倉先生も、瀬戸内国際芸術祭や越後妻有といった予算的にも集客数的にも大規模なフェスティバル型の次の時代のプロジェクト型というものを、NPO化したTAPが考えていかなければならないと指摘し、さらに、
 「アートプロジェクトは一度立ち止まってしまうと、そこに集まってきた人たちがすぐにいなくなってしまうという特性がある。しかし、取手アートプロジェクトは十何年もずっと回り続けていて、アートプロジェクト自体がひとつのある“人が集まってくる活動体”になっていることはとても貴重な取手にとっての資本である。」
と述べ、閉じてしまう“自己完結型の社会関係資本”ではなく、アートを介して様々に人を巻き込んでいく“橋渡しの社会関係資本”となることの重要性に触れました。
 
 以上のことから、「②大型フェスティバル型でない新たなアートプロジェクトの在り方」として、半農半芸というプロジェクトは日々ある生活の中への活動を目指すことが言えると思います。

 そうは言っても、農業は厳しいものであること、また、アーティストが農に対してできることと言ったら具体的に何か、そうしたことについて次回は触れてみたいと思います。

[投稿者:風間勇助]

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